さんぜんいん
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三千院は京都市左京区大原に所在する天台宗の寺院であり、山号を魚山と号する。青蓮院、妙法院とともに天台三門跡の一つに数えられる。寺伝によれば、最澄が延暦年間に比叡山を開いた折、東塔南谷の梨の大木の傍らに一宇を構えて円融房と称したことを起こりとする。貞観二年に承雲が最澄自刻の薬師如来像を安置して円融院と号し、後に比叡山麓の坂本梶井へ本拠を移して梶井門跡と呼ばれた。 元永元年には堀河天皇の皇子最雲法親王が入寺し、以後は皇室や摂関家の子弟が歴代の住持を務める門跡寺院として栄えた。坂本の本坊は度重なる火災を経て各地を転じ、明治四年に大原の政所を新たな本坊として現在地に移り、持仏堂の勅額に因んで三千院と改称した。 このとき隣接する往生極楽院を境内に取り込んでおり、その堂内には平安時代末期の作である国宝の阿弥陀三尊像が安置されている。毎年五月には宸殿で宮中御懺法講が営まれ、青苔に覆われた庭園とともに、大原の里を代表する古刹として広く親しまれている。