じしょうじ
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
慈照寺は京都市左京区銀閣寺町にある臨済宗相国寺派の寺院であり、大本山相国寺の境外塔頭である。山号を東山、本尊を釈迦如来とし、正しくは東山慈照禅寺と号する。観音殿が銀閣と呼ばれることから、銀閣寺の通称で親しまれている。開基は室町幕府八代将軍足利義政、勧請開山は夢窓疎石である。 義政は文明五年に将軍職を子の義尚に譲り、文明十四年から東山の月待山麓に東山山荘の造営を始めた。この地は応仁の乱で焼亡した浄土寺の跡である。文明十五年に常御所が成ると義政はここに移り住み、文明十七年には禅室の西指庵、翌年には持仏堂の東求堂が建てられた。長享三年三月には観音殿の立柱上棟が行われている。造営は義政の没する直前まで八年に及び、山荘は西芳寺を手本としたものであった。 延徳二年に義政が没すると、その遺言により東山殿は禅寺に改められ、義政の院号慈照院殿にちなんで慈照寺と号した。現存する当時の建物は銀閣と東求堂であり、ともに国宝に指定されている。