けんにんじ
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建仁寺は京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の大本山であり、山号を東山、本尊を十一面観音とする。開基は鎌倉幕府二代将軍源頼家、開山は栄西である。京都最古の禅寺として知られ、俵屋宗達の風神雷神図屏風や海北友松の襖絵など多くの文化財を伝える。 栄西は二度にわたって南宋に渡り、建久二年に印可を得て帰国した。当時の京都は延暦寺の勢力が強く禅寺を開くことは難しく、栄西は博多に聖福寺を、鎌倉に寿福寺を開いている。建仁二年、源頼家の寄進を得て当寺が創建された。元号をそのまま寺号とし、伽藍は宋の百丈山に擬して造営された。創建当初は天台・真言・禅の三宗並立とし、元久二年には官寺となった。 正元元年には宋僧の蘭渓道隆が入寺して禅の規矩が厳格に行われ、純粋な禅の道場となる。至徳三年に足利義満が五山を定めた際、京都五山の第三位に叙された。火災が相次いで創建当時の建物は残らないが、慶長四年に安国寺恵瓊が方丈を移して復興し、慶長十九年には徳川家康が寺領を安堵している。