だいごじ
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
醍醐寺は京都市伏見区醍醐東大路町にある真言宗醍醐派の総本山であり、山号を深雪山、本尊を薬師如来とする。醍醐山に二百万坪を超える広大な境内を持ち、上醍醐の准胝堂は西国三十三所第十一番の札所である。「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。 貞観十六年、空海の孫弟子にあたる聖宝が自ら刻んだ准胝観音像と如意輪観音像を上醍醐に祀って開創した。延喜七年には醍醐天皇の発願により薬師堂が建てられ、延長四年には下醍醐に釈迦堂が建立された。造営は朱雀天皇・村上天皇に受け継がれ、天暦五年には五重塔が建てられている。南北朝時代には足利尊氏の帰依を受けた賢俊、室町幕府に重んじられた満済を輩出した。 応仁の乱の兵火で下醍醐は荒廃し、五重塔を残すのみとなったが、豊臣秀吉が中興の義演に帰依して三宝院を再興し、慶長三年に醍醐の花見が催された。続いて豊臣秀頼により金堂の移築、西大門や如意輪堂の再建が行われ、伽藍が整えられて今日に至る。